不動産を売却した後に、買主から「雨漏りがある」「シロアリ被害が見つかった」と連絡が来る——これは売主にとって最も怖いシナリオの一つだ。2020年4月の民法改正により、従来の「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変わり、売主が負う責任の範囲は実質的に広がった。

私は30年間、不動産売却の現場にいるが、この法改正の影響を正しく理解している売主は驚くほど少ない。「知らなかった」では済まされない。売却後に数十万〜数百万円の損害賠償を請求されるケースは、決して珍しくない。

この記事では、契約不適合責任の基本から、売主がリスクを軽減するための具体的な方法まで、実務に基づいて解説する。

契約不適合責任とは——旧法との違い

契約不適合責任とは、引き渡した不動産が「契約の内容に適合しない」場合に、売主が負う責任のことだ。2020年4月1日以降に締結された売買契約に適用される。

旧法(瑕疵担保責任)との決定的な違い

旧民法では「隠れた瑕疵」がある場合に売主が責任を負った。「隠れた」とは、買主が通常の注意を払っても発見できなかった欠陥を意味する。つまり、買主が知っていた欠陥や、注意すれば気づけた欠陥については、売主は責任を負わなかった。

新民法では「隠れた」という要件が削除された。判断基準は「契約の内容に適合しているかどうか」に変わった。これは一見すると微妙な違いに思えるが、実務上は大きな変化だ。

比較項目旧法(瑕疵担保責任)新法(契約不適合責任)
責任の要件「隠れた瑕疵」があること契約内容に適合しないこと
買主の権利損害賠償・契約解除の2つ追完請求・代金減額・損害賠償・契約解除の4つ
権利行使の期間瑕疵を知ってから1年以内に権利行使不適合を知ってから1年以内に通知すればOK
売主の帰責性無過失でも責任を負う損害賠償は売主に帰責事由が必要(追完・減額は不要)

最も重要な変化は、買主が行使できる権利が2つから4つに増えたことだ。特に「追完請求」と「代金減額請求」が加わったことで、買主の選択肢が大幅に広がった。

買主が請求できる4つの権利

契約不適合が見つかった場合、買主は以下の4つの権利を行使できる。売主はこれらの請求を受ける可能性があることを理解しておく必要がある。

1. 追完請求(修補請求)——「不具合を直してくれ」

引き渡した不動産に不具合がある場合、買主は売主に対して修補(修理)を請求できる。たとえば、雨漏りが見つかった場合に「屋根を修理してくれ」と求めることがこれに該当する。

旧法にはこの権利がなかった。買主は損害賠償か契約解除しか選べなかったが、新法では「まず直してくれ」と言えるようになった。売主にとっては、修理費用を負担するリスクが加わったことになる。

2. 代金減額請求——「修補できないなら値下げしてくれ」

追完請求をしても売主が対応しない場合、または修補が不可能な場合、買主は代金の減額を請求できる。これも旧法にはなかった権利だ。

たとえば、地中に大量の廃棄物が埋まっていて完全な除去が現実的でない場合、「その分の価値を差し引いてくれ」と請求できる。減額の金額は、不適合の程度に応じて決まる。

3. 損害賠償請求——「損害が出たので賠償してくれ」

契約不適合によって買主に損害が発生した場合、売主に損害賠償を請求できる。これは旧法にもあった権利だが、新法では売主に「帰責事由」(故意・過失)がある場合に限られる点が異なる。

ただし、売主が不具合を知っていて告げなかった場合は、当然ながら帰責事由ありと判断される。また、信頼利益だけでなく履行利益(契約が正常に履行されていれば得られたはずの利益)まで請求できるようになった点も重要だ。

4. 契約解除——「契約をなかったことにしてくれ」

契約不適合が重大で、契約の目的を達成できない場合、買主は契約を解除できる。解除されると、売主は受け取った売却代金を返還しなければならない。

旧法では「契約の目的を達成できない場合」に限り解除が認められていたが、新法では追完請求に応じない場合にも催告解除が可能になった。売主にとっては、解除されるリスクが高まったと言える。

よくあるトラブル事例

契約不適合責任が問題になりやすい典型的なケースを挙げる。いずれも私が実務で見てきた、あるいは相談を受けた事例だ。

シロアリ被害が引渡し後に発覚

木造戸建てで最も多いトラブルの一つだ。売主は「シロアリは見たことがない」と思っていても、床下や柱の内部で被害が進行していることがある。引渡し後に買主がリフォームを始めた際に発覚するケースが典型的だ。修補費用は被害の程度によるが、50〜200万円になることも珍しくない。

雨漏りが発生

屋根や外壁からの雨漏りは、築年数が経過した物件で頻発する。特に、売主が居住中には気づかなかった微小な雨漏りが、空き家になって換気が止まった後に顕在化することがある。修理費用は数十万〜100万円程度。

給排水管の老朽化による水漏れ

築30年以上の物件では、給排水管の劣化による水漏れが起きやすい。マンションの場合、階下への漏水事故に発展すると、修理費用に加えて階下住戸への損害賠償も発生する可能性がある。

土壌汚染の発覚

以前にクリーニング店やガソリンスタンドがあった土地では、土壌汚染が残っていることがある。土壌汚染の除去費用は数百万〜数千万円に及ぶケースもあり、最も金額が大きくなりやすいトラブルだ。

境界の認識違い

売主が「ここまでが自分の土地」と思っていた範囲と、実際の登記上の境界が異なるケース。隣地とのフェンスや塀の位置が境界とずれていることがある。これにより「契約で示された面積と実際の面積が違う」という契約不適合が発生する。

売主がリスクを軽減する5つの方法

契約不適合責任は売主にとって大きなリスクだが、適切な対策を講じることで、そのリスクを大幅に軽減できる。以下の5つの方法は、いずれも実務で効果が実証されているものだ。

1. 契約書で責任期間を限定する

個人が売主の場合、契約書の特約で契約不適合責任の期間を限定できる。一般的には「引渡しから3ヶ月」または「引渡しから1年」と設定することが多い。

民法の原則では、買主が不適合を知ってから1年以内に通知すればよいとされているため、理論上は引渡しから何年経っても責任を問われる可能性がある。これを契約書の特約で「引渡しから3ヶ月以内に通知されたものに限る」と限定するのだ。

ただし、あまりに短い期間(たとえば1週間)を設定すると、買主側の仲介業者が難色を示し、交渉が難航する可能性がある。3ヶ月が実務上の落としどころだ。

2. 「現状有姿」売買の活用と限界

「現状有姿(げんじょうゆうし)」とは、「今ある状態のまま引き渡す」という意味だ。築古物件の売買でよく使われる条件で、「リフォームや修繕をせずに引き渡す」ことを意味する。

さらに踏み込んで、「契約不適合責任を免除する」という免責特約を設けることも、個人間売買では有効だ。ただし、ここに重要な制限がある。

売主が知っていて告げなかった不具合については、免責特約があっても責任を免れない。

これは民法572条に明記されている。たとえば、売主が雨漏りの存在を知っていたのに「雨漏りはない」と説明した場合、免責特約があっても損害賠償を請求される。「知っていることは隠さない」が大前提だ。

3. インスペクション(建物状況調査)の実施

インスペクションとは、建築士の資格を持つ専門家が建物の劣化状況を調査することだ。費用は5〜10万円程度。調査対象は、構造耐力上主要な部分(基礎、柱、梁、床、屋根など)と雨水の侵入を防止する部分(外壁、屋根、開口部など)だ。

2018年の宅建業法改正により、仲介業者は売主・買主に対してインスペクションの実施の有無を重要事項説明書に記載する義務を負うようになった。実施を「強制」するものではないが、「実施しましたか?」と必ず聞かれる仕組みになっている。

インスペクションの具体的なメリットは後述する。

4. 付帯設備表・物件状況報告書の正確な記載

売買契約時に売主が作成する書類に、「付帯設備表」と「物件状況報告書」がある。付帯設備表は、エアコンや給湯器などの設備の有無と動作状況を記載する。物件状況報告書は、雨漏り、シロアリ被害、給排水管の故障、近隣トラブルなどの物件の状態を記載する。

これらの書類に記載された内容は、「契約の内容」の一部となる。つまり、ここに「雨漏りあり」と書いてあれば、買主はそれを承知の上で購入したことになり、引渡し後に雨漏りが見つかっても契約不適合にはならない。

逆に、知っている不具合を書かなかった場合は、「契約内容には不具合がないと示されていたのに、実際にはあった」ということになり、契約不適合責任を問われる。この書類の重要性は後述する。

5. 既存住宅売買瑕疵保険の活用

既存住宅売買瑕疵保険は、引渡し後に構造耐力上主要な部分や雨水の侵入を防止する部分に不具合が見つかった場合に、修補費用を保険でカバーする仕組みだ。保険期間は1年または5年。保険金額は500万円または1,000万円が一般的だ。

加入するにはインスペクションに合格する必要がある。つまり、保険に入れた時点で「専門家が調査して問題なし」というお墨付きがもらえることになる。費用は検査料と保険料を合わせて5〜15万円程度だ。

売主にとっては、万が一のリスクを保険に転嫁できるメリットがある。買主にとっても安心材料になるため、成約しやすくなる効果もある。

インスペクションのメリットを掘り下げる

5つのリスク軽減策の中で、私が最も効果的だと考えるのがインスペクションだ。5〜10万円の費用で得られるメリットは非常に大きい。

事前に不具合を把握できる

インスペクションで不具合が見つかった場合、売主は引渡し前にその情報を把握できる。把握した上で「この不具合がありますが、その分価格に反映しています」と説明すれば、引渡し後のトラブルを防げる。問題が見つかること自体は悪いことではない。見つかった問題を正直に開示することが重要だ。

買主の安心感が高まり、成約しやすくなる

「インスペクション済み」という情報は、買主に大きな安心感を与える。中古住宅の購入をためらう最大の理由は「見えない不具合があるかもしれない」という不安だ。専門家による調査結果があれば、その不安を大幅に軽減できる。結果として、成約率が上がり、価格交渉でも売主が有利になりやすい。

契約不適合責任のリスクを軽減できる

インスペクションで「問題なし」と判定された箇所について、引渡し後にトラブルが発生した場合でも、「調査時点では問題がなかった」という客観的な証拠になる。売主の責任を軽減する有力な材料だ。

2018年から仲介業者に説明義務

2018年4月から、宅建業者は媒介契約時にインスペクション業者のあっせんの可否を示し、重要事項説明時にインスペクションの実施の有無とその結果を説明する義務を負っている。つまり、買主は「この物件はインスペクションを実施していますか?」と必ず聞かれる。実施していないと、買主の購入意欲が下がるリスクがある。

付帯設備表と物件状況報告書の重要性

契約不適合責任の観点で、最も重要な書類が付帯設備表と物件状況報告書だ。この2つの書類の記載内容が、引渡し後のトラブルの有無を左右すると言っても過言ではない。

知っている不具合はすべて書く

物件状況報告書には、雨漏り、シロアリ被害、給排水管の故障、建物の傾き、近隣トラブル、騒音、浸水履歴など、物件の状態に関するあらゆる項目がある。売主が知っている不具合は、たとえ軽微なものであっても、すべて記載すべきだ。

「書いたら値引き交渉されるかもしれない」と思って隠す売主がいるが、これは最悪の判断だ。引渡し後に発覚した場合、値引き額をはるかに超える損害賠償を請求される可能性がある。

「不明」と書くことも有効

物件状況報告書の各項目には、「あり」「なし」「不明」の選択肢がある。「不明」と書くことを恐れる必要はない。「不明」は「わからない」という正直な申告であり、嘘をつくよりはるかに安全だ。

たとえば、「雨漏り」の項目に「不明」と記載した場合、買主は「雨漏りがあるかもしれない」というリスクを認識した上で購入することになる。引渡し後に雨漏りが見つかっても、「売主は不明と申告しており、買主もそれを承知していた」という主張が成り立ちやすくなる。

逆に、過去に雨漏りの修理をしたことがあるのに「なし」と書いた場合、これは虚偽の申告となり、免責特約があっても責任を免れない。

個人間売買と業者(宅建業者)売主の違い

契約不適合責任のルールは、売主が個人か宅建業者かで大きく異なる。

項目個人売主宅建業者売主
免責特約有効(ただし知っていて告げなかった場合は無効)不可(買主に不利な特約は無効)
責任期間の限定可能(3ヶ月〜1年が一般的)最低2年間(これより短い特約は無効)
責任の範囲特約で限定可能民法の規定通り(限定不可)

宅建業者が売主の場合、宅建業法40条により、引渡しから最低2年間は契約不適合責任を負わなければならない。これより短い期間を設定する特約は無効だ。また、免責特約も認められない。

一方、個人が売主の場合は、契約の自由の原則により、免責特約や期間限定が可能だ。ただし、繰り返しになるが、知っていて告げなかった不具合については免責されない。

実例1:物件状況報告書の記載漏れで損害賠償100万円

ある戸建ての売却で、売主は過去に1階和室の天井にシミができたことがあったが、「大雨の時だけだし、その後は再発していない」と判断し、物件状況報告書の「雨漏り」の項目に「なし」と記載した。

引渡しから半年後、買主が再び天井のシミを発見。調査の結果、屋根の板金部分に不具合があり、強風を伴う雨の際に微量の雨水が侵入していたことが判明した。

買主は売主に対して修補費用と調査費用を請求。売主は「知らなかった」と主張したが、過去にシミができた事実を認めざるを得ず、最終的に損害賠償として約100万円を支払うことで和解した。

このケースのポイントは、売主が「雨漏りではないと思っていた」という主観的な判断で「なし」と記載したことだ。天井にシミができた時点で「過去に天井にシミが発生したことがある」と事実を記載していれば、この結果は避けられた可能性が高い。

実例2:インスペクション実施でトラブルゼロの売却

築25年の戸建てを売却する際、売主がインスペクションを実施した事例だ。調査の結果、以下の不具合が見つかった。

  • 外壁のひび割れ(クラック)3箇所
  • 浴室の換気扇の動作不良
  • 床下の一部に湿気がたまりやすい状況

売主はこれらの不具合をすべて物件状況報告書に記載し、インスペクションの報告書も買主に提供した。買主はこれらの情報を踏まえた上で購入を決断し、外壁クラックの修繕費用相当額として30万円の値引きで合意した。

引渡し後、買主から一切のクレームはなかった。売主は「インスペクション費用8万円と値引き30万円、合計38万円で安心を買えた」と話していた。もしインスペクションをしていなかったら、引渡し後にこれらの不具合が発覚し、修補請求や損害賠償を求められていた可能性がある。その場合の費用は38万円では済まなかっただろう。

「知っていることは全部書く」が最強のリスク軽減策

契約不適合責任のリスクを軽減する方法はいくつもある。責任期間の限定、免責特約、インスペクション、瑕疵保険——どれも有効な手段だ。しかし、すべてに共通する大前提がある。

知っていることは全部書く。

これが売主にとって最強の自衛策だ。知っている不具合を正直に記載し、買主がそれを了承した上で購入するのであれば、引渡し後にその不具合について責任を問われることはない。

不具合を隠して高く売ろうとすることは、結果的に最もコストの高い選択だ。売却後に発覚すれば、修補費用、損害賠償、最悪の場合は契約解除という形で、隠した以上の代償を支払うことになる。

売却の全体的な流れについては不動産売却の流れを完全解説を、売却にかかる費用については不動産売却でかかる費用の全体像を、それぞれ参照してほしい。契約不適合責任への対策も含めて、売却の準備を万全に整えてから売却活動に入ることが、トラブルのない取引への最短ルートだ。

この記事のまとめ

  • 2020年4月の民法改正で「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変わり、買主の権利が2つから4つに拡大した
  • 買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・契約解除の4つの権利を持つ
  • 個人売主は免責特約や責任期間の限定(3ヶ月〜1年)が可能だが、知っていて告げなかった不具合は免責されない
  • インスペクション(5〜10万円)は費用対効果が最も高いリスク軽減策
  • 付帯設備表・物件状況報告書には、知っている不具合をすべて記載する。「不明」も正直な申告として有効
  • 「知っていることは全部書く」——これが最強の自衛策であり、トラブルのない取引への鉄則