「住宅ローンが残っているから、家は売れない」——そう思い込んでいる人は少なくない。しかし、これは完全な誤解だ。住宅ローンが残っている状態での売却は、不動産取引の現場では日常茶飯事であり、むしろ大多数のケースに該当する。

国土交通省の調査によると、住宅を売却した人の約7割はローン残債がある状態で売却している。つまり、ローンが残っている状態での売却は例外ではなく、ごく一般的な取引だ。

私は30年間、不動産売却の現場にいるが、ローン残債を理由に売却を諦めていた方が、実際に手続きの仕組みを知って「もっと早く相談すればよかった」と言うケースを何度も見てきた。この記事では、抵当権の仕組みから具体的な売却手順、オーバーローンへの対処法まで、実務に基づいて解説する。

抵当権とは何か——なぜ売却時に問題になるのか

まず「抵当権」の基本を整理する。住宅ローンを借りると、金融機関は融資の担保として、その不動産に抵当権を設定する。これは「万が一ローンの返済が滞った場合、この不動産を競売にかけて債権を回収する権利」を金融機関が持つことを意味する。

抵当権は法務局の登記簿に記録される。つまり、誰でも登記簿を取得すれば「この不動産には抵当権が付いている」ということがわかる。

抵当権が付いたままでは買主が購入しない理由

理論上は、抵当権が付いたままの不動産を売買することは法律上可能だ。しかし、現実にはほぼありえない。その理由は明確だ。

  • 買主のリスク:前の所有者がローンを滞納すると、買主が購入した不動産が競売にかけられてしまう
  • 新たなローンが組めない:買主が住宅ローンを利用しようとしても、既に抵当権が設定されている物件には融資してもらえない
  • 不動産会社も仲介しない:抵当権が残ったままの売買は、トラブルの原因になるため、まともな不動産会社は取り扱わない

したがって、ローンが残っている不動産を売却するには、売却代金で残債を一括返済し、抵当権を抹消することが大前提となる。これを「同時抹消」と呼び、決済日に一連の流れとして処理する。

アンダーローン——売却代金で完済できる場合

売却価格がローン残債を上回る状態を「アンダーローン」と呼ぶ。住宅ローンが残っている不動産の売却で、最も一般的なケースだ。

アンダーローンの仕組み

たとえば、ローン残債が2,000万円で、売却価格が2,500万円の場合。売却代金2,500万円からローン残債2,000万円を一括返済すれば、差額の500万円(諸費用を除く)が手元に残る。抵当権は残債の完済と同時に抹消される。

決済日の流れ——すべてが同時に処理される

アンダーローンの場合、決済日の手続きは以下の順序で行われる。すべてが同日、同じ場所(通常は買主の住宅ローンを組む金融機関の会議室)で完了する。

  1. 買主が残代金を支払う:買主の住宅ローン実行→売主の口座に残代金が振り込まれる
  2. 売主がローンを一括返済する:着金を確認後、売主の借入先金融機関に一括返済の振込を行う
  3. 抵当権抹消書類が交付される:金融機関から司法書士に抵当権抹消に必要な書類が渡される
  4. 所有権移転登記+抵当権抹消登記を同時申請:司法書士が法務局に申請する

この一連の手続きは、通常1〜2時間で完了する。司法書士が立ち会い、すべての書類確認と資金移動を管理するため、売主が複雑な手続きを自分で行う必要はない。

ポイントは、「先にローンを完済してから売却する」のではなく、「売却代金を受け取ると同時にローンを完済する」という点だ。この同時処理の仕組みがあるからこそ、ローンが残っていても売却が可能なのだ。

オーバーローン——売却代金で完済できない場合

売却価格がローン残債を下回る状態を「オーバーローン」と呼ぶ。たとえば、ローン残債が2,500万円なのに、売却価格が2,300万円しかつかない場合、200万円の不足が生じる。

オーバーローンの場合、不足分を何らかの方法で補填しなければ、ローンを完済できず、抵当権を抹消できない。対処法は主に3つある。

対処法1:自己資金で差額を補填する

最もシンプルな方法だ。預貯金や親族からの援助で不足分を補い、ローンを完済する。差額が数十万〜数百万円であれば、現実的な選択肢となる。

たとえば、ローン残債2,500万円に対し売却価格2,300万円なら、不足額は200万円。諸費用を含めると250〜300万円程度の自己資金が必要になる。この金額を用意できるかどうかが判断のポイントだ。

対処法2:住み替えローンを利用する

住み替え(買い替え)の場合に限り、現在のローン残債を新居の住宅ローンに上乗せして借りる「住み替えローン」が利用できることがある。

たとえば、旧居のローン残債2,500万円に対し売却価格が2,300万円で、200万円のオーバーローン。新居の購入価格が3,000万円の場合、3,200万円(新居3,000万円+旧居の不足分200万円)の住み替えローンを組む形になる。

ただし、住み替えローンには注意点がある。

  • 借入額が物件価値を超える:新居の担保価値を超えた借入になるため、審査が厳しい
  • 月々の返済負担が増える:旧居の残債分だけ借入額が増えるため、返済額も大きくなる
  • 売却と購入を同日に行う必要がある:スケジュール調整が難しい

住み替えローンの詳細はダブルローン(住み替えローン)のリスクと使い方で解説している。

対処法3:任意売却を行う

ローンの返済が困難になっている場合、金融機関の同意を得て、ローン残債を下回る金額で売却する「任意売却」という方法がある。

任意売却では、金融機関が「残債を全額回収できなくても、競売よりは高く売れる」と判断した場合に、抵当権の抹消に応じてくれる。競売の落札価格は市場価格の6〜7割程度まで下がることが多いため、金融機関にとっても任意売却の方が回収額が多くなるケースがほとんどだ。

任意売却の注意点は以下の通りだ。

  • 金融機関との交渉が必要で、売却価格や条件について承認を得なければならない
  • 売却後に残った債務の返済について、金融機関と協議が必要(分割返済になることが多い)
  • 信用情報への影響は、ローンの滞納状況による(滞納前に任意売却を進めれば影響を最小限にできる)

ローンの返済が苦しくなってきた段階での対処法については住宅ローンが払えなくなりそうなときに取るべき3つの選択肢を参照してほしい。

金融機関への事前相談が必須

ローンが残っている不動産を売却する場合、売却活動を始める前に、必ず借入先の金融機関に連絡しておく必要がある。確認すべきポイントは3つだ。

1. 繰上返済の手続き方法と手数料

一括繰上返済の手数料は金融機関によって異なる。

  • ネット銀行:無料の場合が多い
  • メガバンク:窓口手続きで1〜3万円、ネット手続きなら無料〜5,500円
  • 地方銀行・信用金庫:1〜3万円

また、一括返済の申し出から実行までに2〜4週間の準備期間が必要な金融機関もある。決済日が決まってから慌てないよう、早めに確認しておくべきだ。

2. 返済予定表で残債を正確に把握する

住宅ローンの残債は、毎月の返済によって徐々に減っていく。売却時に必要なのは「決済日時点の残債額」だ。金融機関に連絡すれば、指定日時点の正確な残債額と、完済に必要な金額(経過利息を含む)を教えてもらえる。

手元にある返済予定表の残高はあくまで目安だ。特に変動金利の場合、金利変更によって残高が予定表とずれていることがある。必ず金融機関に直接確認しよう。

3. 抵当権抹消書類の準備

ローン完済後、金融機関から抵当権抹消に必要な書類(弁済証書、抵当権設定契約証書、委任状など)が交付される。決済日当日に書類を受け取れるよう、事前に段取りを組んでおく必要がある。通常は司法書士と金融機関が直接連絡を取り合って調整する。

売却の流れ——ローンが残っている場合の全ステップ

ローンが残っている不動産の売却は、以下の流れで進める。

ステップ1:残債の確認

まず、現在のローン残債を正確に把握する。返済予定表を確認し、不明な点があれば金融機関に問い合わせる。

ステップ2:査定で売却可能額を把握

不動産会社に査定を依頼し、現在の市場でいくらで売れるかを確認する。複数社から査定を取ることで、より正確な相場感をつかめる。当サイトの相場データも参考にしてほしい。

ステップ3:アンダーローンかオーバーローンかを判定

査定額とローン残債を比較する。

  • 査定額 > ローン残債:アンダーローン → 売却代金で完済可能。通常の流れで売却を進める
  • 査定額 < ローン残債:オーバーローン → 自己資金補填・住み替えローン・任意売却のいずれかを検討

ステップ4:金融機関に繰上返済の申し出

売却の意向が固まったら、借入先の金融機関に一括繰上返済の手続きを申し出る。手数料の確認、必要書類の確認、抵当権抹消書類の準備を依頼する。

ステップ5:売却活動→成約

不動産会社と媒介契約を結び、売却活動を開始する。ローンが残っている状態でも、売却活動は問題なく始められる。買主が見つかり、売買契約を締結する。

ステップ6:決済日——すべてを同日処理

決済日に以下の手続きを一連で行う。

  1. 買主が残代金を支払う
  2. 売主が受領した代金でローンを一括返済する
  3. 金融機関から抵当権抹消書類が交付される
  4. 司法書士が抵当権抹消登記と所有権移転登記を同時に申請する
  5. 鍵の引渡し

この一連の手続きにより、ローン完済・抵当権抹消・所有権移転がすべて同日に完了する。

抵当権抹消にかかる費用

抵当権抹消の費用は、売却にかかる費用全体の中では小さな金額だ。

費用項目金額
登録免許税不動産1つにつき1,000円(土地+建物なら2,000円)
司法書士報酬10,000〜20,000円
繰上返済手数料0〜30,000円(金融機関による)
合計約1〜5万円

売却にかかる費用の全体像については不動産売却でかかる費用の全体像で詳しく解説している。抵当権抹消費用は全体の中ではごくわずかな金額であり、費用面が売却の障壁になることはない。

よくある誤解を正す

誤解1:「ローンを完済しないと売却活動すら始められない」

これは完全な誤解だ。ローンが残っている状態でも、売却活動は問題なく始められる。査定依頼、媒介契約の締結、広告掲載、内覧対応——すべてローンが残ったまま進められる。ローンの完済が必要になるのは、決済日(引渡日)の一点だけだ。

誤解2:「抵当権が付いたまま売買できない」

正確に言えば、「抵当権が付いたまま引渡しはできない」。しかし、決済日に売却代金で一括返済→抵当権抹消→所有権移転を同時に行う「同時抹消」の仕組みがあるため、実務上は何の問題もない。この同時抹消は、不動産取引で最も一般的な手法であり、司法書士が毎日のように処理している。

誤解3:「任意売却をするとブラックリストに載る」

「ブラックリスト」とは、信用情報機関に事故情報(延滞・代位弁済など)が登録されることを指す。任意売却そのものが原因でブラックリストに載るわけではない。問題になるのは「ローンの滞納」だ。

ローンを滞納する前に、金融機関と協議して任意売却を進めれば、信用情報への影響を最小限に抑えられる可能性がある。逆に、滞納が長期化してから任意売却に踏み切った場合は、すでに事故情報が登録されている。重要なのは、返済が苦しくなった段階で早めに行動することだ。

実例:残債2,000万円、売却価格2,500万円でスムーズに完済

私が実際に関わった案件を紹介する。東京都内のマンション(3LDK・築18年)の売却だ。

  • ローン残債:2,000万円(変動金利、残り15年)
  • 査定額:2,400〜2,600万円
  • 成約価格:2,500万円

典型的なアンダーローンのケースだ。売主は当初「ローンが残っているから売れないのでは」と不安を抱えていたが、仕組みを説明すると安心して売却活動に踏み切った。

項目金額
売却価格2,500万円
ローン残債返済▲2,000万円
仲介手数料(税込)▲89.1万円
印紙税▲1万円
抵当権抹消費用▲2万円
繰上返済手数料▲1.1万円
引越し費用▲15万円
手取り額約392万円

決済日は買主の金融機関の会議室で行い、残代金の受領からローン完済、抵当権抹消、所有権移転まで約1時間半で完了した。売主が特に難しい手続きを行う場面はなく、司法書士が一連の流れを仕切ってくれた。

実例:オーバーローン200万円を自己資金で補填して売却

もう一つ、オーバーローンのケースを紹介する。千葉県のマンション(2LDK・築12年)の売却だ。

  • ローン残債:2,200万円
  • 査定額:1,900〜2,100万円
  • 成約価格:2,000万円

ローン残債2,200万円に対し、売却価格は2,000万円。200万円のオーバーローンだった。売主は転勤による売却で、手元の預貯金から差額を補填する方針を決めた。

項目金額
売却価格2,000万円
ローン残債返済▲2,200万円
仲介手数料(税込)▲72.6万円
印紙税▲1万円
抵当権抹消費用▲2万円
繰上返済手数料▲2.2万円
引越し費用▲18万円
自己資金からの持ち出し約296万円

売却代金だけではローン残債と諸費用を賄えず、自己資金から約296万円を持ち出す形になった。決して楽な判断ではなかったが、転勤先で新たな生活を始めるためには必要な出費だった。売主は「ローンを抱えたまま空き家を維持管理するコストと精神的負担を考えれば、持ち出してでも売却してよかった」と話していた。

まず残債と売却可能額を把握することから始める

住宅ローンが残っていても、不動産の売却は可能だ。ほとんどのケースで、決済日に売却代金でローンを一括返済し、抵当権を同時抹消することで問題なく取引が完了する。

最初にやるべきことは2つだけだ。

  1. ローン残債を正確に把握する:金融機関に連絡し、現時点の残債額を確認する
  2. 売却可能額を把握する:不動産会社に査定を依頼するか、当サイトの相場データで目安を確認する

この2つの数字を比較すれば、アンダーローンかオーバーローンかが判明し、取るべき選択肢が明確になる。「ローンが残っているから売れない」と思い込んで行動しないことが、最も避けるべき判断だ。

この記事のまとめ

  • 住宅ローンが残っていても不動産売却は可能。約7割の売主がローン残債ありの状態で売却している
  • 抵当権は決済日に「残代金受領→一括返済→抵当権抹消→所有権移転」を同時処理することで解消される
  • アンダーローン(売却価格>残債)なら手続きはシンプル。売却代金で完済するだけ
  • オーバーローンでも、自己資金補填・住み替えローン・任意売却の3つの選択肢がある
  • 抵当権抹消費用は2〜3万円程度。費用が売却の障壁になることはない
  • まずローン残債と売却可能額を把握し、アンダーかオーバーかを判定することから始めよう