「母が最近物忘れがひどくなってきて、実家を売却して施設費用に充てたいのですが、母名義の不動産なので私では売れないと言われました。どうすればいいのでしょうか」
不動産業界に30年いると、この相談が年々増えている。厚生労働省の推計によれば、2025年時点で65歳以上の約5人に1人が認知症またはその予備群だ。高齢の親が持つ不動産は、本人が認知症になった瞬間に「凍結資産」になる。売ることも貸すことも、リフォームすることすらできなくなる。
そして多くの家族が、「まさかうちの親が」と思っているうちに手遅れになる。成年後見制度という救済手段はあるが、時間もコストもかかり、不動産売却のハードルは想像以上に高い。
今日は、認知症による不動産凍結リスクと、その事前対策として注目されている「家族信託」について、実務の現場から解説したい。結論を先に言えば、親が元気なうちに家族信託を設定しておくことが、不動産を守る最も確実な方法だ。
認知症になると不動産が売れなくなる理由
不動産の売買契約は、売主本人に「意思能力」があることが大前提だ。意思能力とは、自分の行為の法的な意味や結果を理解できる能力のことで、民法第3条の2に明文化されている。認知症が進行して意思能力を失った状態で締結された契約は、法的に無効となる。
ここで重要なのは、「認知症と診断された=即座に意思能力がない」ではないという点だ。認知症には段階があり、軽度認知障害(MCI)の段階であれば、内容を理解して判断できるケースもある。しかし、不動産取引の現場では、司法書士が本人の意思確認を行い、少しでも疑わしければ取引を中止する。実務上、中等度以上の認知症と診断されている方の不動産売却は、ほぼ不可能だと考えてよい。
売却不能になる典型的なパターン
私がこれまで相談を受けた中で、最も多いのが以下のようなケースだ。
80代の父親が一人暮らしをしていた自宅マンション。転倒による骨折をきっかけに介護施設に入所することになった。施設費用は月15〜20万円。父の年金だけでは足りず、子どもたちで不足分を負担している。「マンションを売却して施設費用に充てたい」と不動産会社に相談したところ、父の認知機能が低下しており、司法書士から「このままでは決済できない」と言われた。
こうなると、選択肢は成年後見制度を利用するしかない。しかし、これが非常に厄介なのだ。
成年後見制度の問題点
成年後見制度は、判断能力が不十分な人の財産を保護するための制度だ。家庭裁判所が後見人を選任し、後見人が本人に代わって財産管理を行う。理念としては正しい。しかし、「不動産を売却したい」という目的に対しては、いくつもの壁がある。
壁1:家裁の選任に3〜6ヶ月かかる
成年後見の申立てから後見人が選任されるまで、通常3〜6ヶ月かかる。申立書の準備、医師の診断書取得、家裁の審理——これらのプロセスを経て、ようやく後見人が決まる。その間、不動産は一切動かせない。施設費用の自己負担が月10万円なら、半年で60万円。この間の費用は家族が立て替えるしかない。
壁2:専門職後見人が選任される可能性が高い
「子どもである自分が後見人になればいい」と考える方が多いが、現実はそう単純ではない。最高裁判所の統計によれば、成年後見人に選任されるのは、約8割が弁護士・司法書士・社会福祉士などの専門職だ。特に、不動産の売却が見込まれるケースでは、家裁が専門職を選任する傾向が強い。
専門職後見人の報酬は、本人の財産額に応じて月2〜6万円。管理財産が1,000万円〜5,000万円なら月3〜4万円が相場だ。そしてこの報酬は、本人が亡くなるまで(あるいは後見が終了するまで)毎月発生する。不動産を売却した後も、後見制度は原則として終了しない。仮に10年間後見が続けば、報酬だけで360〜480万円になる。
壁3:居住用不動産の売却には家裁の許可が必要
成年後見人が本人の居住用不動産を売却するには、家庭裁判所の許可が必要だ(民法859条の3)。家裁は「売却の必要性」「本人の生活への影響」「売却条件の妥当性」を慎重に審査する。
「施設に入っているのだから自宅はもう不要だろう」と思うかもしれないが、家裁はそう単純には判断しない。「本人が自宅に戻る可能性はないか」「売却代金の使途は適切か」「他に資金調達の方法はないか」——こうした観点から審査され、許可が下りないケースもある。許可申立てから決定まで、さらに1〜3ヶ月かかるのが通常だ。
壁4:売却条件に制約がある
家裁の許可を得て売却する場合でも、「市場価格より著しく低い価格での売却」は認められない。複数の不動産会社の査定を取り、妥当な価格であることを疎明する必要がある。買主との価格交渉にも時間的な制約が加わり、機動的な売却活動が難しくなる。
申立費用(収入印紙・切手・鑑定費用)で5〜15万円、弁護士・司法書士への申立書作成報酬で10〜20万円、専門職後見人の月額報酬が2〜6万円(終身)。不動産売却だけが目的でも、制度から抜けることは原則できない。トータルコストは数百万円に達する。
家族信託とは何か
家族信託は、信頼できる家族に財産の管理・処分を任せる仕組みだ。正式には「民事信託」の一形態で、2007年施行の信託法改正により、一般の個人でも信託を設定できるようになった。
仕組みはシンプルだ。登場人物は3者。
- 委託者(いたくしゃ):財産を信託する人。多くの場合、高齢の親
- 受託者(じゅたくしゃ):財産の管理・処分を任される人。多くの場合、子ども
- 受益者(じゅえきしゃ):信託財産から利益を受ける人。多くの場合、親本人(委託者と同一)
例えば、80代の父(委託者)が、自宅マンションの管理・処分権を50代の長男(受託者)に信託し、マンションから得られる利益(売却代金や賃料)は父本人(受益者)が受け取る、という契約を結ぶ。
ここで重要なのは、信託契約を結んだ後に父が認知症になっても、長男は信託契約に基づいてマンションを売却できるという点だ。後見人の選任も、家裁の許可も不要。これが家族信託の最大のメリットだ。
家族信託で何ができるのか
不動産に関して、家族信託で可能になることを整理しよう。
- 受託者(子)が、委託者(親)に代わって不動産を売却できる
- 受託者が不動産を賃貸に出し、賃料を受益者(親)の施設費用に充てられる
- 受託者が不動産の修繕・リフォームの判断を行える
- 受託者が不動産の建替え・取り壊しの判断を行える
- 信託契約の中で、親の死後の不動産の承継先を指定できる(遺言的機能)
つまり、家族信託を設定しておけば、親の認知症発症後も不動産に関するほぼすべての判断を、信頼できる家族が行えるようになる。
家族信託のメリットとデメリット
メリット
1. 認知症発症後も売却が可能。これが最大のメリットだ。成年後見制度のように家裁の選任を待つ必要がなく、信託契約に基づいて受託者が即座に売却手続きを進められる。施設費用の確保が急務の場合、このスピード感は決定的に重要だ。
2. 家庭裁判所の介入が不要。成年後見制度では、居住用不動産の売却に家裁の許可が必要だった。家族信託では、信託契約書の定めに従って受託者が判断できる。裁判所の審査を待つ必要がない。
3. 柔軟な設計が可能。信託契約の内容は、当事者の合意で自由に設計できる。「自宅マンションだけを信託する」「売却は時価の80%以上でなければならない」「売却代金は施設費用のみに使う」といった条件を、契約書に盛り込める。
4. コストが成年後見より安くなるケースが多い。家族信託の費用は設定時に一括で発生する。成年後見制度のように、毎月の後見人報酬が終身で続くことはない。親の余命が5年以上見込まれる場合、トータルコストで家族信託のほうが安くなることが多い。
5. 遺言的機能を持たせられる。信託契約の中で、「委託者の死亡後は、信託財産を長男に帰属させる」といった定めを置くことができる。これにより、遺言と同様の効果を信託契約の中で実現できる。ただし、遺留分を侵害する定めは争いの原因になるため、注意が必要だ。
デメリット
1. 初期費用が30〜100万円かかる。家族信託の設定には、信託契約書の作成(司法書士・弁護士への報酬)、公正証書化(公証人手数料)、信託登記(登録免許税・司法書士報酬)が必要だ。不動産の評価額や信託内容の複雑さによって費用は変動するが、30〜100万円が目安だ。
| 費用項目 | 金額の目安 | 備考 |
|---|---|---|
| 信託契約書の作成(専門家報酬) | 15〜50万円 | 司法書士または弁護士。信託内容の複雑さにより変動 |
| 公正証書化(公証人手数料) | 3〜10万円 | 信託財産の評価額に応じて計算 |
| 信託登記(登録免許税) | 固定資産税評価額の0.3〜0.4% | 土地0.3%、建物0.4%。2,000万円の不動産なら6〜8万円 |
| 信託登記(司法書士報酬) | 5〜15万円 | 不動産の数・所在地により変動 |
| 合計 | 30〜100万円 | 不動産評価額2,000〜5,000万円の場合 |
2. 受託者の負担が大きい。受託者(多くの場合、子ども)は、信託財産の管理義務を負う。帳簿の作成、信託財産と自己の財産の分別管理、受益者への報告義務などがある。これらは法律上の義務であり、怠ると受託者の責任が問われる。兄弟間で受託者を誰にするかで揉めることも少なくない。
3. 税制上の注意点がある。家族信託を設定しても、受益者が委託者本人(親)であれば、信託設定時に贈与税は発生しない。しかし、受益者を子どもに変更した場合は贈与税の対象になる。また、信託不動産の売却益に対する譲渡所得税は、受益者(親)に課税される。損益通算に制限がかかるケースもあるため、税理士との事前相談が必須だ。
4. 身上監護は対象外。家族信託はあくまで「財産管理」の仕組みだ。入院の手続き、施設入所の契約、医療行為の同意といった「身上監護」は、家族信託ではカバーできない。身上監護が必要な場合は、家族信託と任意後見契約を併用する方法がある。
家族信託 vs 成年後見 vs 任意後見——3制度の比較
不動産の凍結リスクに備える制度は、家族信託だけではない。成年後見制度(法定後見)と任意後見契約を含めた3つの選択肢を比較しよう。
| 項目 | 家族信託 | 成年後見(法定後見) | 任意後見 |
|---|---|---|---|
| 設定のタイミング | 本人の判断能力があるうちに契約 | 判断能力が低下した後に申立て | 本人の判断能力があるうちに契約 |
| 開始の条件 | 信託契約の締結時から効力発生 | 家裁が後見人を選任 | 判断能力低下後、家裁に申立て |
| 不動産の売却 | 受託者が信託契約に基づき売却可能 | 後見人が家裁の許可を得て売却 | 任意後見人が家裁の許可を得て売却 |
| 家裁の関与 | 不要 | 選任・監督・売却許可すべてに関与 | 任意後見監督人の選任に関与 |
| 居住用不動産の売却 | 信託契約の定めに従い可能 | 家裁の許可が必要。認められにくい | 家裁の許可が必要 |
| 初期費用 | 30〜100万円 | 15〜35万円(申立費用+専門家報酬) | 15〜30万円(契約書作成+公正証書) |
| ランニングコスト | なし(受託者が家族の場合) | 月2〜6万円(専門職後見人報酬) | 月1〜3万円(任意後見監督人報酬) |
| 10年間の累積コスト | 30〜100万円(初期費用のみ) | 255〜755万円 | 135〜390万円 |
| 柔軟性 | 高い(契約内容を自由に設計可能) | 低い(法律と家裁の判断に従う) | 中程度(契約内容で定められる) |
| 身上監護 | 対象外 | 対象 | 対象 |
| 終了 | 信託契約の定めに従う | 本人の死亡まで原則終了不可 | 本人の死亡まで原則終了不可 |
この比較を見れば明らかだが、「不動産の管理・処分」が主目的であれば、家族信託が最も合理的な選択肢だ。家裁の関与なく売却でき、ランニングコストが発生せず、契約内容を柔軟に設計できる。一方、身上監護が必要なケースでは、家族信託だけでは不十分で、任意後見契約との併用が推奨される。
家族信託の設定手順——5つのステップ
家族信託の設定は、専門家のサポートを受けながら以下の手順で進める。設定完了まで通常1〜3ヶ月を見ておくとよい。
ステップ1:専門家への相談
まず、家族信託に精通した司法書士または弁護士に相談する。ここで重要なのは、「家族信託に精通した」専門家を選ぶことだ。家族信託は2007年の信託法改正以降に普及した比較的新しい仕組みで、すべての司法書士・弁護士が対応できるわけではない。家族信託の実績が豊富な専門家を選ぶことが成功の第一歩だ。
相談時には、信託の目的(認知症対策、相続対策)、信託財産の範囲(自宅のみか、預金も含むか)、受託者の候補、受益者の設定、信託終了後の財産の帰属先を整理しておくとスムーズだ。
ステップ2:信託契約書の作成
専門家が家族の状況をヒアリングし、信託契約書を作成する。契約書には以下の事項を定める。
- 信託の目的(例:委託者の生活の安定と福祉の確保)
- 信託財産の特定(不動産の所在・地番・面積、預金口座等)
- 委託者・受託者・受益者の指定
- 受託者の権限(売却・賃貸・管理・修繕等の範囲)
- 受託者の義務(分別管理義務・帳簿作成義務・報告義務)
- 信託の終了事由(委託者の死亡等)
- 残余財産の帰属先(信託終了後に誰が財産を取得するか)
ステップ3:公正証書化
信託契約書を公証役場で公正証書にする。法律上、家族信託の契約書は私署証書でも有効だが、実務上は公正証書にすることが強く推奨される。理由は3つ。
第一に、公証人が委託者の意思能力を確認するため、後日「契約時に判断能力がなかった」と争われるリスクを低減できる。第二に、金融機関が信託口口座の開設時に公正証書を求めるケースが多い。第三に、公正証書は原本が公証役場に保管されるため、紛失・改ざんのリスクがない。
ステップ4:信託登記
信託財産に不動産が含まれる場合、法務局で信託登記を行う。登記簿の権利部(甲区)に「信託」の登記がなされ、所有権の名義が委託者(親)から受託者(子)に移転する。ただし、これは信託のための形式的な名義移転であり、実質的な所有者(受益者)は親のままだ。したがって、不動産取得税や贈与税は課税されない。
信託登記の登録免許税は、土地が固定資産税評価額の0.3%、建物が0.4%だ。固定資産税評価額2,000万円の不動産であれば、登録免許税は6〜8万円程度になる。
ステップ5:信託口口座の開設
受託者の個人口座とは別に、信託財産を管理するための「信託口口座」を金融機関で開設する。不動産の売却代金や賃料収入はこの口座で管理し、受託者個人の財産と明確に分離する。これは法律上の分別管理義務を果たすために不可欠だ。
なお、信託口口座を開設できる金融機関は限られている。対応可能な銀行を事前に専門家に確認しておくことをすすめる。
実例:信託を設定していたケース
都内のマンションを所有する78歳の父と、横浜在住の52歳の長男のケースだ。3年前、父の物忘れがやや目立ち始めた頃に、長男が司法書士に相談して家族信託を設定した。費用は約60万円。父のマンション(評価額3,200万円)と預金の一部を信託財産とし、長男を受託者、父を受益者とした。
その後、父の認知症が進行し、要介護3の認定を受けて介護付き有料老人ホームに入所した。月額費用は約22万円。父の年金だけでは不足するため、長男が信託契約に基づいてマンションの売却を決断。不動産会社に依頼してから3ヶ月後に3,050万円で成約した。
成年後見制度を利用していれば、後見人の選任に3〜6ヶ月、家裁の売却許可にさらに1〜3ヶ月、売却活動に3〜6ヶ月と、最低でも7ヶ月以上かかっていただろう。その間の施設費用の自己負担は150万円以上。さらに、専門職後見人の報酬が終身で発生していた。家族信託を設定していたおかげで、売却は通常の取引と同じスピードで完了した。
実例:信託を設定していなかったケース
千葉県の戸建てを所有する82歳の母と、東京在住の55歳の次女のケースだ。母は5年前から軽度の認知症の兆候があったが、「まだ元気だし、本人も嫌がるから」と家族信託の設定を先送りにしていた。
2年前、母が自宅の階段で転倒して大腿骨を骨折。入院後、認知症が急速に進行し、退院後は在宅での生活が困難になった。介護施設への入所が必要だが、母の預金は300万円ほど。戸建て(土地・建物で推定2,500万円)を売却して施設費用に充てるしかない。
しかし、母はすでに重度の認知症で、不動産の売買契約を理解できる状態ではなかった。次女は成年後見の申立てを行い、6ヶ月後に弁護士が成年後見人に選任された。その後、居住用不動産の売却許可を家裁に申し立てたが、「他に施設費用を捻出する方法がないか」との照会があり、許可が下りるまでさらに3ヶ月を要した。
売却活動を開始したのは、母が骨折してから約1年後。最終的に売却が成立したのは、骨折から約2年後だった。この間の施設費用の自己負担は約500万円。さらに、弁護士後見人の報酬(月3万円)が母の死亡まで継続した。
「あのとき家族信託を設定しておけば」。この言葉を何度聞いたかわからない。残念ながら、認知症が進行してからでは家族信託は設定できない。「まだ早い」と思っている今こそが、最後のチャンスかもしれない。
いつ設定すべきか——「まだ早い」が最大のリスク
家族信託を設定できるのは、親の判断能力があるうちに限られる。公証人が「この方は契約内容を理解している」と認めなければ、公正証書は作成できない。つまり、認知症が中等度以上に進行してからでは、もう手遅れだ。
では、いつ設定するのが最適か。答えは、「親が元気な今」だ。
「親はまだ70代で認知症の兆候もない。今から信託の話をするのは失礼ではないか」——こう考える方は多い。しかし、家族信託は「認知症になることを前提にした保険」ではない。「万が一のときに、家族が困らないための備え」だ。火災保険に入るからといって、火事を予期しているわけではない。家族信託も同じだ。
実務的なタイミングとしては、以下のような「きっかけ」を逃さないことが重要だ。
- 親が65歳を超えたとき
- 親の物忘れが気になり始めたとき
- 親が入院・手術をしたとき
- 兄弟で実家の将来について話し合ったとき
- 親が「終活」を意識し始めたとき
- 親が施設への入所を検討し始めたとき(詳しくは「親が施設に入ることになったら実家をどうするか」を参照)
認知症の発症は予測できない。厚生労働省の統計によれば、80〜84歳の認知症有病率は約20%、85歳以上では約60%に達する。親が75歳を過ぎたら、「もしものとき」は決して遠い話ではない。
家族信託を検討する際の注意点
兄弟間の合意形成
受託者を誰にするかは、兄弟間で最も揉めやすいポイントだ。長男が受託者になった場合、他の兄弟から「長男が親の財産を好き勝手に使うのではないか」という不信感が生じることがある。信託契約の内容を兄弟全員に開示し、受託者の権限と義務を明確にしておくことが、トラブル防止の鍵だ。
信託できない財産がある
農地は農地法の制約があり、信託の対象にすることが難しい。また、年金受給権や生活保護受給権のように、本人だけに帰属する権利(一身専属権)は信託の対象にできない。不動産に抵当権が設定されている場合は、金融機関の承諾が必要だ。住宅ローンが残っている不動産を信託する場合は、事前に金融機関と協議する必要がある。
税務上の取り扱い
受益者が委託者本人(自益信託)であれば、信託設定時に贈与税は発生しない。固定資産税の納税義務者は受託者になるが、実質的な負担は受益者(親)だ。信託不動産を売却した場合の譲渡所得税は受益者に課税される。相続時には、信託財産は受益者の相続財産として相続税の対象になる。税務上の取り扱いは複雑な部分もあるため、信託に詳しい税理士への相談を強くすすめる。
相続した不動産への対策
家族信託は「親の生前」の対策だ。すでに親が亡くなり、相続した不動産の処分に困っている場合は、家族信託ではなく別のアプローチが必要になる。相続不動産の処分については「相続した不動産、どう処分するのが正解か」と「相続した不動産、住まないなら早めに売るべき理由」で詳しく解説している。
この記事のまとめ
- 認知症で判断能力を失うと、不動産の売買契約は無効になり、売却・賃貸・リフォームすべてが凍結される
- 成年後見制度は時間(半年〜1年以上)とコスト(月2〜6万円が終身)がかかり、居住用不動産の売却は家裁の許可が必要で認められにくい
- 家族信託は、親が元気なうちに子に管理・処分権を委託する仕組み。認知症発症後も家裁の関与なく売却が可能
- 初期費用は30〜100万円。成年後見制度の10年間累積コスト(255〜755万円)と比較すれば合理的
- 信託契約は親の判断能力があるうちにしか設定できない。親が75歳を過ぎたら先送りは禁物
- 不動産の処分が主目的なら家族信託が最も柔軟。身上監護が必要なら任意後見との併用を検討する